予定外のあたり

新しくできた「国立新美術館」に行ってみようと思い立ち、
昨日の夕方に出かけていきました。
ところが、閉館時間など気にせずに行った私は、
乃木坂駅の美術館と直結する出口で、
警備のおじさんに「もう行けません。入れません。」と
腕を広げて遮られてしまいました...
美術館とこの仰々しい警備の仕方が不釣り合いで、
私は一瞬、どこにいるのかわからなくなってしまいきょとんとした後、
状況が飲み込めました。


仕方なく、思い立って、銀座の「日々」さんへ。
ちょうど「植松永次」展が開かれていました。(→4月4日まで)
http://www.epoca-the-shop.com/nichinichi
一つの予定がはずれると、その後も失敗が続くことが多いですが、
この日はあたりでした。


初めて見た、オブジェのような作品群。
スタッフの方に「これは手触りがいいので、ぜひ触ってみてください」
と言われ、固まりような頭サイズの作品をなでなでしていると、
本当に坊主頭を触っているみたいで楽しく、
坊主頭を想像していることに気付くと、ちょっとはずかしくもなり..
そんな過程を経ながら、いろいろな作品を見ました。
そして、
この人は「土で自由に遊べる人」なのだと思いました。
作品が押し付けがましい作り手の意思として存在するのでなく、
作り手と作品、「むこう」と「こちら」
という境界線をあいまいにし、
見る人が解放されるのも、
その自由さにあるのだと思います。
自由さがどこから生まれるのか..
「土からものが生まれる、そして結局は土にかえり、土は土でしかない、
僕もその一部だしね」
とでもいうような、
土への軽やかな信仰にあるように私には思えます。
使う「器」とはまた違いますが、
こういう作品のよさもおもしろいと最近思います。